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自分のルーツを知りたい

前回の独り言にも書いたけど、
「あんたにはわたししかいないんだよぉぉぉ!」って母親に言われて
「あんたどおすんだ?え?」ってよくわからない脅しを小さいころから言われて
混乱して、怖くて、恐怖のまま大人になった。

ばしばし叩かれて、怒鳴られて、母が動くだけでびくっとなって頭を隠したことがある。
もう反射的に癖になってしまっていたのだ。
そんなまま大人になった。

私は、この世の中には母親しかいない。
そう思い込んでいた。就職した時もとても困った。身元保証人も母が親戚を切ってしまったためにいないのだ。

誰もいない。

大嫌いなのに母しか頼れる人がいない。
そういう思いが、母を嫌いということを認めるを邪魔をした。

今冷静に振り返れば、母はそういって私を孤立させて自分から離れないようにしたんじゃないか?とも思う。

「お前を捨てていった親にわざわざ会いたいなんて思うわけないよな?え?わかってんだろう?そういうバカなことしないで」

そういう風に言われてきて、私はとても怖かった。
もし会ったらとんでもないことがおきてしまうんじゃないか
そう思い込んでいてとても怖かった。すごく悪いことをしている、罰が当たる
そんな風に怖かった。

この気持ち完全に洗脳の状態だって今わかる。

会う前にもネットで調べたら片一方の親に会うことを「育ててもらった母親への裏切り行為、親不孝」とかいている
人もいて、ますます怖くなった。
どんどん不安になった。

でも、ある私がとても大好きな作家さんと会う機会があり、その人に私は父に会ったことがないという話をしたら
「え~~それはあってみたいよね~」って笑顔で言っていたのを見て聴いた時にものすごい衝撃だった。
もう片方の親に会ってみたいと思うその気持ちを肯定的に「会ってみたいに決まってる」と素直に行ったその人の
素直な心に触れて、え、そう思ってもいいんだ!ってびっくりしたのと、
ああ、私は会いたかったんだって自分でその気持ちも無視させられてきたんだって気が付いた。

私は去年一度もあったことがない父と会った。
自分で調べて、連絡してあった。

会って、話をしてご飯を食べたりして、どんなふうに生きてきたのか聞いた。

そして、少し前に父の実家のあるところへ行ってみたのです。
そこは超大自然の中の港町でした。
観光地でもあるので、普通に楽しく行ってきて祖父母のお墓参りもしました。
お墓参りをすること自体が、昨年母方の祖父のお墓参りを初めてしただけだったから
今回昨年に引き続いてお墓参りに行けたことがとてもうれしかったです。

祖父母に会えなかったことはとても心残りです。
会って話を聞きたかった(でも、今の年齢だからそう思えるんだと思う。だってあの母の洗脳下にいる時は
そういうのに行きたいとか言える資格がなくて、(母親はあってほしくないと思ってるのを知っているから、その考えと違うと殴られるから)母親が望んでいるだろう答えを言うしかなかったから
多分そういう機会があっても「行きたくない」って興味ないって思ったと思うから)

この気持ちをなんとも表現しようがないのだけど、
今はその土地の歴史の調べたり、本を読んだりそういったこともしていてそれが心に降り積もっている。
そこには大きい山があって、地元の人に愛されているんだけど、その山がとてもきれいで
心の中にその山を置くことで、芯のなかった自分からすこしだけ大人になった?人間になれた?
うーんなんていえばいいんだろう?

人間になれた?気がします。

遠い親戚の家に寄らせてもらってそこでの会話を聞いていたらなんて普通の何でもない会話なんだろうと聞きながら思った。
母が馬鹿にしてきた人がいるって思った。
冗談いって笑って。
全然内容なんてないのww

最近しった。普通の人はそういうなんでもない会話をして相手を知るんだ。
それからそういう会話が人と人の間のクッションみたいになるんだ。

母はそういう会話を馬鹿にしていた、私もそうだった。母の言うことが正しいと思っていたから。
議論して、自分の意見きっちりいって、テーマがある話、悪口しかないそんな会話がいいと思い込んでいた

私も最近そういうくだらない会話をくだらないってバカにして、みくださなくなった。
気楽に自分も笑ってみるようにした。
親戚の家でも一緒に笑ってみた。
すごく不思議だった。

とにかく不思議な気持ちだった。
とりとめがないのだけど、まとまりもないけど
ひとまず今の気持ちだけを書いてみました。



# by 76sak | 2019-06-24 00:20 | 独り言 | Trackback | Comments(0)

独り言

洗脳されて生きてきてそれが解けて社会復帰しているのと同じだと感じる時がある。

お前は父親なんかいない
お前の父親はくだらない人間だからお前もそうなのか!え?そうなんだろう?
あいつら(親戚)は全員くだらない人間だ。
お前には私しかいないんだ。

だから大嫌いな意地の悪い母親に叩かれて罵られて寝せてもらえなくても
ニコニコしていた。捨てられるのが怖かった。
お母さんが死んじゃったらたった一人でどうすればいいんだろうって恐怖を小学校の時から毎日考えて怖かった。

死なないでって思っていた。大嫌いな母親なのに
怖かった、とにかく怖かったその一人っていう感覚が。
天涯孤独っていうのが。
お母さんが死んだらどうやって生きていけばいいのかって不安を感じていた。


一人っ子で、母しかいなくて。
親戚は母親が大喧嘩をして、あいつらがくずだからだっていって連絡を絶って。

二人きりで生活した。
いつもこわかった。
母と居ても怖いし孤独だった。
一人っきりの人なんてこの世の中にいなくて私みたいのは一人しかいないと思っていた。


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そういえば最近の大きな変化、忘れていたんですけど
人間らしくなってきた。
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私すごく人間ぽくなってきた感じがしています!







# by 76sak | 2019-06-17 09:09 | 独り言 | Trackback | Comments(0)
とにかく年齢のせいなのか忙しいからなのか、(笑)あっという間に日々が過ぎていく。103.png103.png
フラワーエッセンス、エロスを使い始めて7か月目に突入しました。

最近の変化は、前回の記事にも書きましたが、生活を整えることが出来るようになりました。
整えるというか、便利にする、自分がストレスなく毎日を過ごせる家にすることを考えられるようになった
という表現があっているかもしれません。
(また、ストレスなく過ごせるというのが「家である」という考えが私の中に出来上がりました。)

自分が毎日過ごす中で我慢したり不便を感じていることが感じられるようになったことで
(自分で分かるようになったことで)それに対して現実的な対処がすこしづつできるようになってきました。

前は不便でも、それを自分が不便を感じているということにさへ気が付かず
イライラするだけでした。不便だとかいらっとしても、とっさにそれを感じていないこれでいいんだって言い聞かせていたような気がする・・・。
今はイライラしたらあれ?いらいらしないでこう変えればよくない?とか
こうしたらこれがよくなるんだけど、ほかに方法があるのかな?とネットで調べてみたり。
そういう具体的な行動について考えられるようになりました。

 この自分がその瞬間どう感じているかが全く分かっていなかったっていうことも衝撃的ですが、
先日漫画の闇金ウシジマくんを読んでいて洗脳君のパートでちょっと読んでてつらくなりました。
すこし残酷ではあるのですがそれ以外に、あの洗脳の仕方が、、、読んでて、、、
あれ?これ怖いくらいわかるこの気持ちっておもっちゃって苦しくて気持ち悪くなった。

それは少し前に書いた私の母親が怒ると夜中まで怒鳴り散らして大声で怒鳴って、叩いて
髪ひっつかんで、叩いて、私は頭を守るだけで精いっぱいい。最初は、違う私が悪いわけじゃないと思っているのにもうどうでもよくなってすみませんすみません私が悪いんですもうしわけありません。
私が悪いんだ、もうしわけありません。ただただそれだけになって、頭の中がとにかくそれだけになる
その思考を、漫画を読んで思い出したからなんだけど
その手法は漫画では洗脳に使われているんだけど、結局洗脳されていると、自分で考える力もまったくなくなるんだよね
そして、感じる力も奪われるんです。疑問が浮かんでもとっさに自分で意識する前にそれを感じない
押し込める。痛いと思ってもいたくないと思い込もうとする自然にそれをやってしまう。

だから、普段の生活、家の中でも不便だなーと思ってもそれを感じないで考えない(壊れてても放置して不便なままいらいらしてつかうとかいらいらしてつかうとか)
不安だなーと思っても感じないようにする方法をしようとする(変な自己啓発セミナーに行く)
目の前の快楽におぼれやすく、お金は使ってしまう(備えて貯金とかできない)
いやだっておもってもその気持ちを押し込めて優しくしなくちゃいけないと思ってさらに付け込まれる。
自己啓発セミナーも講師が言ってることにいっぱい疑問や矛盾があったのに「きっと私にはわからない考え方があるから私が理解できないんだ!」とバカみたいに脳内変換していたからいいカモになってしまった。

みたいな状態を招いたのかもしれない。

この自分の感じていることをすぐに感じられるようになったというのは、大きな変化で
「これやだ」って思ったらすぐそれを変える行動にでれるようになった。
あと、これくらいなら我慢しようかなもなくなった。まずこれいやなんですけどっていってみてから
それでもだめなら我慢するまたは、距離をおくとかね。

例えば、メルカリでもいきなりすごい値下げしろとか言ってくる人いて
最初の頃一瞬、そうだよね、中古だしね、、下げなきゃ悪いかもみたいな気持ちになっていたけど
ちょっとまって!私別に下げたくないと思ったら断れるようになった。
じゃあ別の人から買って!みたいなね。
そう思う自分が別に悪くないって思えるようになったんだよ。やだよ!って感じた自分をなかったことにしていたから。

これは私には大きい変化かな?

他には自分がわかってきた。疲れをためすぎちゃいけないとか
暗い考えになってきているなとかそういうことにも気が付けるようになってきた。
前はそのまま暗い考えに落ちていっていたけど、無駄に暗く考えるよりじゃあいまできることしなきゃ!
とか疲れているなーちょっと風呂貯めて入ろうとか。
自分の為にそういうことができるようになってきたのは、大きい変化です。
だって自傷して(20代の頃までですが)、セルフネグレクトで貯金もできないでめちゃくちゃだった私が!
国保も税金も滞納して市役所の人に
「どこかで借りてきて借金して払ってよ!!!!」とか言われた私が!
(この頃、こんなふうに変なこと言う人ばかりでとにかく周りが怖かった私・・・。今こういう人全く出会いません)

自分の取り扱い方を知ることは生きていくうえで大切なことのひとつなんだなぁ。

6月の報告はこんなところです。







 


# by 76sak | 2019-06-16 17:20 | エロスを一年使ってみる | Trackback | Comments(0)

生活を整える

昔、私はティッシュを買うことが出来なかった。箱ティッシュ。もったいなくて使えないw
ティッシュを使うなんて私にはもったいない。節約とかの意味じゃなくてティッシュを使う価値が私にはないとか
そんな風に思ってた


今はティッシュ買えます。箱がないタイプがすき。

こんな人いなそう・・・w


# by 76sak | 2019-06-12 08:18 | 出来るようになった事 | Trackback | Comments(0)
2章は、「なぜ騙されてしまうのか」について書かれているが、どちらかというと
どんな時に騙されてしまうのかということが書かれているように感じた。

「どこか変と感じる能力があれば、「こうすれば幸せになる」と言われても簡単には信じない
生きることに疲れている人はこの「どこか変」と感じる能力を失っている。」

「人は苦しい時に騙される」

「根本は自己無価値観
心身共に消耗しているときに騙される。」

ずっと思い出す場面がある。それは、小学生~中学生の時、母親の怒りが収まらなくて
夜中の2,3時まで怒鳴られ続けたとき。
1,2回ではなかった。

夜八時くらいからずーーーーっと話もループ。
怒りが収まったかなと思うとまた爆発。目つきが気に食わないとかいちゃもん着けて
また同じ説教。
そのうち、泣きながらどうしてーどうしてこんなに勉強が出来ないの?答えうろおおおおおお!って殴られる。
私は頭が真っ白。泣きながら謝る。頭も働かない、ガンガンする、早く終わってほしい、明日も6時に起きて学校だもん。
でも怒りが収まらない母親。

つらくて辛くて、でも今でも怒られて怒鳴られてるシーンが繰り返し再現される。
とにかくひどい罵り場聞こえてきて、もう今ないのに、その場面にいるみたいな気になることが良くある。

だからなのか私は疲れている。
昔から、ミスが多いのはこの疲れが原因だと思っている。
そしてとにかくどうでもいいから終われと思っていたし、疲弊していた。
いつそうなるかわからないから常に神経が張っていたし。

この章を読んでその「疲れているときに騙される」の意味が私の場合は、常に疲れていて
常に苦しく、当然ずっと罵られていると無価値観どころじゃない感覚を感じていた。

また、
「騙される側のことを犠牲者の立場に依存してる場合がある」
という部分にあ!、っと思った。

私は少し前までいつも周りに変な人ばかりがよってきた。
宗教の勧誘で説教垂れててきて「だからおまえはだめなんだ」とかいう人
全く人の話を聞かない人、
マウント取る人
嫌味をちくちく挟んで聞こえているのに、ちくちく小声で会話に挟んでくる人
愚痴ばっかりの人、、、
急に面と向かって「あんたみたいのはさ、幸せじゃないんだよ」とか言ってくる人、、、

全部変ですよね?
なのに私はこういう人たちにこんな風に言われる人に好かれようと一生懸命取り繕っていました。
なぜ取り繕うか?
それは、「本当は大嫌いなんだけど、私だけが嫌いっぽくてそれがばれたら困る」と思っていたから。
だから、私も愚痴ばっかり言っていたし、文句ばかり別の場所で行っていた。
で、聞いてほしいのに、聞いてくれる人がいなくていつもイライラしていたと気が合った。

でも、ある時ある友人に愚痴っていたら「いつも周りに変な人ばっかりだね~~~~wwwwなんでそんなとこにいるの?辞めればいいじゃん」
って言われて「あれ?!!なんでだろう?!」ってその時初めて気が付いたんです(苦笑)
普通の人はやめるんだ!こういうとこ・・・
そして、仲良くしなくていいんだって気が付いてそういう人に自分から近づかない練習をしました。

それからこの文句と愚痴を言うコミュニケーションって、正しいと思っていたんです。
母がいつもこういやって人の文句と愚痴とおかしいところを露骨に指摘して
あいつは馬鹿だーくだらねーやつだーって私に聞かせていたんです。私はずっと家庭の中での会話ってこういうことばかりでした
だから文句=意見と思っていたし、人に聞いてもらうのは当たり前だと思っていましたw

あと、この中でものすごく驚いたのは「外化」のついて。
私は周りおかしな人ばかりだったのに、そのひとをきっといいところがあるんだよって思ってみなくてはいけないと思い込んでいました

この本の中で、自分が求めているものを他人に「外化」して、相手を見ずに自分の求めているものを相手に見てしまうことが書かれていた。

この章に書かれていたことは全部私の事かっていうくらいw
あるある、とかあれはこれだったっというのがありすぎた。

一つの策として、疲れをためすぎないというのは大事だなと思いました。

疲れすぎて、倒れる直前までいっているのに自分で自分にがんばれ!がんばれっていって我慢させて
もう頭真っ白のまま生きていて、だから変なスピとか、自己啓発にはまって、洗脳されてしまったんだということも若田。
疲れているときとか私のように頼る人がいないとか家族に問題があると、なんかそれを解決したいとおもって
スピとかに求めてしまっていた。
で、弱り切っているので、洗脳されてそこでも支配されてしまう。

そうならないように、美味しいものを食べて、貯金をして(でもうちの親ってお金はあったけどいつも霊能者とかにはまっていたなー)
そうおもうとお金がたくさんあっても不安でそういうのにいってしまうんだな

うーん、私の場合、疲れをためないようにするには、もっと自分の息抜き方法をいろいろと模索する必要もあるかなと思う居ました。

最近加わったことの一つにおいしいものを食べる かな?
こういうこと私は凄く馬鹿にしていた。けど五感をよい意味で刺激するのは、疲れをためすぎないいい方法だと思う

# by 76sak | 2019-06-10 23:28 | | Trackback | Comments(0)

親の虐待で悩んで苦しんだ人が幸せになりたくてもがいたり、頑張ったり、休んだり楽しんだりして、幸せになるブログ


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