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カテゴリ:本( 4 )

2章は、「なぜ騙されてしまうのか」について書かれているが、どちらかというと
どんな時に騙されてしまうのかということが書かれているように感じた。

「どこか変と感じる能力があれば、「こうすれば幸せになる」と言われても簡単には信じない
生きることに疲れている人はこの「どこか変」と感じる能力を失っている。」

「人は苦しい時に騙される」

「根本は自己無価値観
心身共に消耗しているときに騙される。」

ずっと思い出す場面がある。それは、小学生~中学生の時、母親の怒りが収まらなくて
夜中の2,3時まで怒鳴られ続けたとき。
1,2回ではなかった。

夜八時くらいからずーーーーっと話もループ。
怒りが収まったかなと思うとまた爆発。目つきが気に食わないとかいちゃもん着けて
また同じ説教。
そのうち、泣きながらどうしてーどうしてこんなに勉強が出来ないの?答えうろおおおおおお!って殴られる。
私は頭が真っ白。泣きながら謝る。頭も働かない、ガンガンする、早く終わってほしい、明日も6時に起きて学校だもん。
でも怒りが収まらない母親。

つらくて辛くて、でも今でも怒られて怒鳴られてるシーンが繰り返し再現される。
とにかくひどい罵り場聞こえてきて、もう今ないのに、その場面にいるみたいな気になることが良くある。

だからなのか私は疲れている。
昔から、ミスが多いのはこの疲れが原因だと思っている。
そしてとにかくどうでもいいから終われと思っていたし、疲弊していた。
いつそうなるかわからないから常に神経が張っていたし。

この章を読んでその「疲れているときに騙される」の意味が私の場合は、常に疲れていて
常に苦しく、当然ずっと罵られていると無価値観どころじゃない感覚を感じていた。

また、
「騙される側のことを犠牲者の立場に依存してる場合がある」
という部分にあ!、っと思った。

私は少し前までいつも周りに変な人ばかりがよってきた。
宗教の勧誘で説教垂れててきて「だからおまえはだめなんだ」とかいう人
全く人の話を聞かない人、
マウント取る人
嫌味をちくちく挟んで聞こえているのに、ちくちく小声で会話に挟んでくる人
愚痴ばっかりの人、、、
急に面と向かって「あんたみたいのはさ、幸せじゃないんだよ」とか言ってくる人、、、

全部変ですよね?
なのに私はこういう人たちにこんな風に言われる人に好かれようと一生懸命取り繕っていました。
なぜ取り繕うか?
それは、「本当は大嫌いなんだけど、私だけが嫌いっぽくてそれがばれたら困る」と思っていたから。
だから、私も愚痴ばっかり言っていたし、文句ばかり別の場所で行っていた。
で、聞いてほしいのに、聞いてくれる人がいなくていつもイライラしていたと気が合った。

でも、ある時ある友人に愚痴っていたら「いつも周りに変な人ばっかりだね~~~~wwwwなんでそんなとこにいるの?辞めればいいじゃん」
って言われて「あれ?!!なんでだろう?!」ってその時初めて気が付いたんです(苦笑)
普通の人はやめるんだ!こういうとこ・・・
そして、仲良くしなくていいんだって気が付いてそういう人に自分から近づかない練習をしました。

それからこの文句と愚痴を言うコミュニケーションって、正しいと思っていたんです。
母がいつもこういやって人の文句と愚痴とおかしいところを露骨に指摘して
あいつは馬鹿だーくだらねーやつだーって私に聞かせていたんです。私はずっと家庭の中での会話ってこういうことばかりでした
だから文句=意見と思っていたし、人に聞いてもらうのは当たり前だと思っていましたw

あと、この中でものすごく驚いたのは「外化」のついて。
私は周りおかしな人ばかりだったのに、そのひとをきっといいところがあるんだよって思ってみなくてはいけないと思い込んでいました

この本の中で、自分が求めているものを他人に「外化」して、相手を見ずに自分の求めているものを相手に見てしまうことが書かれていた。

この章に書かれていたことは全部私の事かっていうくらいw
あるある、とかあれはこれだったっというのがありすぎた。

一つの策として、疲れをためすぎないというのは大事だなと思いました。

疲れすぎて、倒れる直前までいっているのに自分で自分にがんばれ!がんばれっていって我慢させて
もう頭真っ白のまま生きていて、だから変なスピとか、自己啓発にはまって、洗脳されてしまったんだということも若田。
疲れているときとか私のように頼る人がいないとか家族に問題があると、なんかそれを解決したいとおもって
スピとかに求めてしまっていた。
で、弱り切っているので、洗脳されてそこでも支配されてしまう。

そうならないように、美味しいものを食べて、貯金をして(でもうちの親ってお金はあったけどいつも霊能者とかにはまっていたなー)
そうおもうとお金がたくさんあっても不安でそういうのにいってしまうんだな

うーん、私の場合、疲れをためないようにするには、もっと自分の息抜き方法をいろいろと模索する必要もあるかなと思う居ました。

最近加わったことの一つにおいしいものを食べる かな?
こういうこと私は凄く馬鹿にしていた。けど五感をよい意味で刺激するのは、疲れをためすぎないいい方法だと思う

by 76sak | 2019-06-10 23:28 | | Trackback | Comments(0)

現在、久しぶりに加藤諦三先生の「ずるい人に騙された時、どう生きるか 怒りと悔しさの心理」を読んでいます。
今月、ツイッターを再開してみていたら、結構スピ系セミナー、自己啓発セミナーはまって抜け出た人がつぶやいて
私も、時々つぶやくようにしています。それを見ていて、やっぱり抜け出した人は同じような思いをしてるんだな~と思って、
皆さんのつぶやきを見つつ自分自身を振り返る機会になっています。
何度も考えるのは、「なんであんなものにお金払ってしまったんだろう」っていう後悔。
でも、「なんで」を考えてもしかたがなくて、これからどんな風にしていけば二度とこんなことをしないで済むのかを考えていきたいし
自分の弱点で騙されやすいというのがあるのならそれを少しでも防ぐことをしなければ、また同じこと繰り返してしまう。

ここ数か月特に、自分が随分できてきたなーと思っていて、ここで改めで騙される人の心理を見たいと思い本を読み始めました。

これは前も一度読んだんですが、具体的にこうしようというが書いていなくて騙さるのは、こういう人っていうのだけで終わってるところがダメだと思ったんだけど、(こうやってどこまでも他人に教えてもらってそれに従おうとしている、、、だから騙されるんだって!)
自分でそこを考えてみるのが大事なんじゃないか?って気が付いた。(おそいw)
時間がかかると思うけど、一章づつ私が考える自分でできる行動や、私の心との対話(怪しい意味じゃなくてw)を書いてみようと思います。
第一章では、騙される人のタイプを上げています。読んでみて、ああ、私の事…と思いました。
たとえば
寂しい人
自分に自信がない
自分がない

人がだましの言葉を信じるのは、
その言葉がその人には癒しになるからである

ずるい人に騙されたときどう生きるか 加藤諦三 PHP研究所 P25



確かに今まであれは詐欺だなと思ったものは、時として、安心させるような口先だけの言葉を言ったり
あなたのことはわかっているよとさみしい心を釣るようなそんな言葉を言われることが多かった。
もちろん、私の母親もこういうことを言って、だから私のいうことを聞きなさい、そうしないと自分が困るよって脅しも一緒に使ってた。
私の場合は常に母親がこういう話し方をするタイプの人で、
小さなだましの中で育ったな~なんて思いながら読んでいて、そして従わないと狂ったみたいに怒り狂って大変だったから、、、と思ったら以下の言葉が!

親からよいこと思ってもらいたいということだけで生きてきた人に
「人の言うことを鵜呑みにするな」と言っても無理である。
親の言うことを鵜呑みにしなければひどく叱られたのである。そのように成長した人にある時突然、
「その人がどういう人であるか、その人を見て言うことを判断しなさい」と言っても無理である

ずるい人に騙されたときどう生きるか 加藤諦三 PHP研究所 P60


この本では、こういう人を「自己不在」の人と定義している。
私自身も、まったくもって「自己不在の人」でした。
でしたというのは、今現在は、すこしづつ自分が形作られてた感触があります。
「やだ」という感情がその時にすぐわかるからです。
そして、作者はこうもいっている

騙される人間は権威主義で育てられていることが多い。
ものとして扱われる事に慣れいてる。次に人生に疲れている。
生きることに疲れている人は当たり前であるが騙されやすい。大人になってもその世界から出てこない。~中略
そうなれば、「保護と迎合」の世界で生きているから、40歳としての生活を維持する社会能力がない。
年代に応じた生活の知恵がない

ずるい人に騙されたときどう生きるか 加藤諦三 PHP研究所 P63


この中で、ああ、私も常に疲れているし、自分が一生懸命なにかをやりたいのに
そのエネルギーがもうないと感じていました。
ものみたいに扱われるってところにうなずいてしまう。本当にそうだし、それが当たり前だと思っていた。
自分では自覚がないままで受け身だったし、子供のままで人にやってもらうことが当たり前でした。
年代に応じた生活の知恵がないっていうのは、やはり大人なら優先順位が生活の中にあるのに
おかしなセミナーにお金を払うとかそういったことをやめられなかったのは、現実から逃げていた子供のままの私がいるんだと思いました
恥ずかしいけど、このままでいるほうがもっといやなので、
恥をかいても、自分から何かをやろうとちょっとづつでもいいから、やっています。
仕事でも、頭使いすぎて疲れる。。。さぼってきたから仕方ないね。
このブログも、今までは書くだけ、誰かが言ったことをこの考えいいなーくらいにしか書いてこなかったが
去年末から、エロスの一年プロジェクトとか、今回の初めての本を読みこんでいくものを自分でやろうと決めてやってみています。
こういう風に、自分でやってみようと思ってやったことは、やっている過程で自分が見えてくることが分かって
それが自我を作っていることが分かりました。
そして、少しづつそれが自分の中にある要素と紐づく瞬間があり、あ~だから私これが好き(嫌い)なのだと
繋がる瞬間があるのです。そしてそれは、他人に迎合したり、自己不在のまま生きていても絶対に手に入らないものなのだ。
魅力的な人は(私が魅力的に感じた人)そういう自分の歩みがある人だったんだなって最近気が付いた。
それを追求していける人が自分の世界観を持っていて、それがその人の周りにいい雰囲気を醸し出しているんですよね。
私はそういうのをキャッチするのが得意だと思います。なのに、無理して自己啓発系の人々がすごいと自分を捨てていました。
よくよく思い出しても、あそこは全然素敵な人はいなかった・・・・
だからかーって腑に落ちたのでした。自己啓発セミナーにいる人は、自己がない、だからそういうのに行ってるんだもんね。
あと、失敗が怖かったけど、失敗してもやるしかないんだと思う。じゃないと分からないんです。
失敗するとつぎにじゃあどうしたらいいのか考えられる。でも、人任せだと、責任転嫁して終わりで学べないままなんです。
今回の章ではどんなタイプかということが書かれていてた。
タイプを知って自分がそうだと気がつき、ずるい人は常にカモを探していると思えば、身を引きしまる。
カモがねぎしょわずに、カモでも、オオカミとまでは行かなくても犬の着ぐるみを着て詐欺師から目を付けられないように
自分の身を守れるようにしなくちゃね。


by 76sak | 2019-05-27 07:08 | | Trackback | Comments(0)

田房さんの漫画 再び

久々に田房さんの漫画見た。途中なら無料で読めるので、笑いながら読みました。
あるある。ご飯に毛www。




久々に毒親あるあるよんだら、面白くて仕方がなかった。(笑)
そうなの~あるある~みたいな。前は、こういうの読むと、どんどん自分の親のエピソードを思い出して
むかつき、怒りがわいてきて、イライラしていたけど
昨日読んでいたら、笑えてしょうがなかった~。

これって、もう電話でも話していないし、はがきが来ても無視して破り捨ててる効果かもしれない。
私には兄弟がいないし、両親が離婚していて母親が親戚とも縁を切ってしまったので
保証人とかそういうときにいつも困るのでそれが怖くて母親とつながりを切れませんでしたが、
今は、保証人が必要な時じゃないので、そのことはその時考えようと今は一切連絡を絶っています。
今6か月目。

いつも電話がかかってくると、10分くらいですが相手をしていたんです(それでもたまに長電話に付き合わされたり)
それは、ひとりぼっちでかわいそうだし、とか、保証人になってもらう(仕事や賃貸で。借金とかじゃありません)
為だけでした。

あと、大きな大きな(今捨て去ろうと思っている)母親に対する罪悪感。

声も聴かず話さない、はがきの返事も書かないと、私の心も覚悟が決まるというもの。
しっかりしようって私自身も思い始めました。

あの人の声を聞かないっていうのは、一番心の癒しと回復の手伝いになる。と思ったのでした。
(トラウマで空耳できこえることありますけどね)



by 76sak | 2019-03-04 12:07 | | Trackback | Comments(0)

立て続けに嫌な気持ちな記事を書いた。
書いていて思うのは、これが私の頭の中なんだよね〜と。

いつも嫌なことを思い出してる。

で、ムカムカしてる

これが随分なくなっていたんだけど、この間の電話事件でまたムカムカにすこし影響されてる。


それはさておき、
大嶋信頼先生のいつもだめな方へ行ってしまうクセを治す方法をよんだんだけど!

またもや私の事が書いてあった。

この中に、え、これ私じゃん!自分で気がつかなかったけど、私ってこんな思考回路だったからなんだ!

ってびっくりした。

自分が幸せにならないように、母親が心配してくれるように
母親との繋がりが切れないように
してたんだ!

いやだぁー!!!!!!
気持ち悪いー!!!


でも、少し前にもかいたかな?
人は矛盾もあるのが当然だけど、
私は母親が嫌いと認めた後も、母親に好かれようとしていたこと。

あることを選ぶ時に、母親が喜ぶ方を選んでいた。

それを去年やめたんだけど。

今年になって気がついて
笑えた。

ちょっとずつだけど、母親から自由なりつつあるね。

あ、これもだ。

離れて住んで、自分の事を話さなくなり(電話しても一切、私の個人的なこと話をしていません)
それで終わった気になっていたけど、

この『少しずつだけど自由になりつつある』と思えるところが
まだ完璧じゃないと思えるところが

変わったところかもー。

すこしいい気分です。
by 76sak | 2018-08-05 10:35 | | Trackback | Comments(0)

親の虐待で苦しんだ人がもがいて、頑張ったり、休んだり楽しんだりして、幸せになるブログ


by sak