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カテゴリ:AC卒業にむけて( 17 )

カテゴリがAC卒業にむけてというのにしたけど、ちょっと違う気もしている。
でもこのまま書くね。

この間も健全さについて書いたけれど、今日の題名のもそんな感じ。

健全さ(人間性の健全さ、例えば被害者意識が強すぎないとかそんなかんじのこと)って完璧な健全さなんてものはないけれど、
例え、毒親に育てられていなくても、多少の歪みや問題?、弱点とかが誰にでもあるよね。

 振り返ってみると私は普段の生活の中で、とにかくいつも母親の罵りが頭の中にあって、それにたいして言い返しているのが
常に日常でした。その中で仕事をしている感じ。だから集中していてもミスが多いのかな~っても思っている。
それに考えているその毒親とのけんか、自分がひたすら罵られる、今にも殺されそうな場所にいる。

もう何十年も昔の場面が頭の中で再生されて何度も体験していた。そして、それによってエネルギーを使い果たしていたってかんじ、それで自分の人生について考える余裕、心の余裕、隙間がなかった。
 高校性の時、もっとまえでも同じなんだけど、私が幼稚園の頃から家を出るまでに身に着けたスキルって
「ただやり過ごすこと」だった。
いつ起こるかわからない母の怒りの爆発にびくびくしながら、(何かを考えていても、夢や希望もその怒りで壊されてしまう)
日々をただやり過ごすことだけだった。
だから、将来についても正直本当に恥ずかしいことだけど、考えたこともなかった。考える力が自分にあるとも思えなかった。
そんな力さえなかった。
ただやりすごしているだけの日々だった。
そしてその中で「引き寄せ」に出会って「幸せになること」「欲しいもの、やりたいことを手に入れる」という概念が私の人生に入ってきた。本当にそれまでの私には、そういう「概念」がなかった。

 もちろんそのこと親のせいってだけにはしたくないけれども
親のせいでそもそも洗脳されていたので、自分が幸せになるなんてことは考えたこともなかったし、
もともとおたく気質ではあるから、最悪な地獄の中での生活でも、誰にも秘密で好きなことをおっかけているときは
夢の世界にいたけれど(それが私をある意味守ってくれていたんだと思う)だけど自分の人生自体について
主体的に考え事がなかった。そう、「主体的」にこうしたいからこうしようというより、なにか降ってくるものに反応していただけの人生だったと思います。

 ここ数年ですこしづつ私の人生への態度が変わってきて、自分が好きなことについて考えてきた。
それでも戦いながら。(親とはもう離れているのにね、、、つねに戦ってきたそんな感じがします)

それから、親への不信感をそのまま他人にも投影していました。
なのに一方では親の代わりにまるっと信じられる人が欲しくて仕方がなかった(渇望レベルw)、
そして、なんとなくなにかの「先生」「講師」「彼氏」たちにその役を投影し、勝手に信頼しすぎてというより、期待しすぎて、関係性がおかしくなることがほとんどでした。
尊敬したい!みたいなおかしな考えがあった。

で、何が言いたいかっていうと、こういうことがすこしづつ少なくなってきて、だんだんと「自立」ができるようになってきた。
そしたら、周りにいる人も変化があって、今日ふと気が付いたら、あれ?前だったら憧れるような人が普通に友達にいる、、、
っていうかそんな人ばかりになっているって気が付いた。(全員あたりまえに英語が話せるとか、旦那やパートナーが外国人とか、海外に住んでいた、英語オンリーの職場で働いているなどなど)
ここさいきんときにぐぐぐーといろんなことが変わってきていて、自分自身の心の持ちようも変わってきていて、
例えばそういうあこがれの人々と思っていた人と仲良くしている自分も含めあー普通の人なんだな~
ってふつーにわかった。。。

そして、もっと私は自分の人生を楽しくしたいって思っていて、それには、結局好きなことに集中する、
ポジティブにいるってことは一番重要なことなんだって再確認しました。
今、正直親の事考えてる暇ないくらい忙しいです。あのバカ親の言葉でぐちぐち考えている時間がもったいない!心からそう思えているのですごく自分自身がかわったなーっておもう。もちろんぐちぐちするときもあるけど、まえよりましかな~

とりとめもなくかいたけど、そんな感じ。


by 76sak | 2019-09-08 21:35 | AC卒業にむけて | Trackback | Comments(0)

あ、そっか

先の続き。

そっか母親と話していると、つねに「感じてるななにもかんじるな、何も感じるな!!」
私の心はそういってた。

あの声を聞くだけで、ざわざわ、ぐるぐる、ぎゅー、いやああああああな気持ち。
いやだーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーあっていう気持ちでいっぱい

そういう気持ちだけで一杯になる。

だからそれに気が付いたら、話せないから感じるな感じるななにも感じるなって抑え込んでないと
話ができないんだった。
それにさえ、気が付いていなかった。


「なにもかんじるな」ってすごい破壊力。

****************************

これ書いたっけ?
祖父のお墓参りに行くようになりました。
実は、母は祖父が死んでからお葬式も、お墓もしらないまま遺産だけもらっていました。

去年、親戚に突然電話して、(何十年ぶり)お墓の場所を聞いてお墓参りに行きました。

お墓参りに行ったら考え方が変わった?自分のあやふやだった核が出来た感じがした。
ずっと行きたかったし、私は嫌いじゃなかったからおじいちゃんのこと。
母が狂ったみたいに夜中中私を罵り続け怒鳴っていた時
2回だけ「おい、いいかげんにしないか!」と間に入ってくれた。
でも「お父さんには関係ありません!」(怒)と怒鳴っていた。
だから、助けてはもらえなかったけどそう言ってくれたのがうれしかった。

祖父のお墓の場所を聞くために親戚に電話をするのだって簡単にしたわけじゃない。
すごく勇気がいる事だった。

でも私は決めて電話した。もしかしたら教えてくれなかったかもしれない。
何か怖い事が起きるかもしれない
そうおもった。

でも、今のところは大丈夫。

その「何か怖い事が起きるかもしれない」っていう不安がすごく大きくて
行動に移せないでいたんだけど、それを乗り越えられたから、こそ
しかも自分の力で(このことについて誰にも相談しなかったんです)
やってみたからかもしれない。

10年前の私だったら、いろんな人に「どうおもう~~?」って聞きまくっていたと思う・・・

そう、この人に何でも言っちゃう癖?が治った気がする!

話がとんだけど、あの声を聞いただけで心がかき乱されて
いろいろかきたかった。

半年近く全く母の電話を無視した。自分の意思を尊重した。
そして、久々に一瞬声を聴いて挨拶をしただけだけど、話せなかったのは心の感じるな!というのが
前よりうまくできなくなって普通の人にちかくなったからかも。

普通の人は嫌いな人と無理に話さないじゃん?
心の中で距離を置くでしょ?話してもたわいもない話をしてなるたけ離れる。

私はまだたわいもない話なんてできないけど、仕方ないと思ってる。
だってできないから。






by 76sak | 2019-06-02 22:26 | AC卒業にむけて | Trackback | Comments(0)

恥ずかしい気持ち

少し前にメルカリにハマったと書きましたが、自分が出品している分も着々と売れていて、
少し本が少なくなって嬉しいです。101.png

ここ5年ほど、ほんとに洋服を買っていなくて、(必要最低限でした。)
土日にちょっと出かける時も毎回同じ服みたいになって、それはそれでいやだけど
でかけてもあ、ほしいってものがまったくみつからなくなっていた。唯一H&MとかZARAとかユニクロで
たまにかわいい!!っていうのがあるくらいだった。

それについて、考えていてはっと気が付いたことは、

ちょっとどこかに出かける時に、オシャレして良い
とか、
高級ホテルのランチに行くとかそういう時以外でも、自分がしたかったらいいんだ…ってこと。

母と住んでいた時、
「どこから特別にお出かけ」以外でオシャレするということは、我が家ではタブーでした。
仕事行く時とか、気楽な友達とご飯も、ちょっとオシャレしたりすると、そぉんなことでオシャレしてばかみたいと笑われた。なぁに〜それぇーニヤニヤ笑いながら、じろじろみる。
私は、そうされるととても恥ずかしくて、なんだか居ても立っても居られない気持ちになった。

なにか言い返すことも出来ないくらいとても恥ずかし事をしてしまった!
そんな気持ちだった。
だから、お化粧もバッチリとそうじゃない時、
お出かけと、ちょっと英会話のクラスに行く時と、すごい差があった。だから、それが普通だと思い込んでいた。

だから上の文章でも、『たかが』歯医者と書いている私。

勿論!TPOは大切。でも私くらいのする『オシャレ』は、会社でも浮かない程度だよ…

母はたしかに、お出かけ以外では、穴の空いたぼろぼろスェットとか、お化粧も当然しないでいた。髪もボサボサ。

でも、地元の駅とかその辺でも、結構みんな小綺麗にしてますよね
それもあってか、昔から母は、バカにされる事が多かったです。
人と会う時も、駅前なら、髪もボサボサで行くから。

で、人を見た目で判断する人をバカにしていました。
本当は私は、エルメスもカルティエも、なんでも持ってるのに!見抜けないバカなのよ!アイツらはって。
そして、私もそういう風に思っていたんです。長い間。

会社ではださださでも、きちんとおしゃれできる私!という自己認識
でも会社の人は当然、会社にいる私しか見ないわけでそれで「評価」するんです。
だから、会社で友達もできにくくなるし、それこそ、会社はいいけど
習い事とかでも、習い事ごときと思って化粧もしないでいつもぼさぼさでいる人とは
ちょっと距離置きますよね・・・そして置かない人は距離感ない人がしかよってこないんですよね・・・。
(なんかちょっと変な人・・っていうか自分もそうなんだけどさw)
そういえば、昔の仕事場ではいつもリュックで行ってたんですけど、ある日違うバッグを持っていたら
「あ、リュックじゃないwwwwwwwwwww」って笑われたことがあった。
まーそんなことで言うなんてばかばかしいけど、それってまーふつうなんだなー。
リュックしか持ってないと思われても仕方ないのかも。妙齢の女性が無頓着すぎるのも・・・ね( ^ω^)・・・
いってやりたい気持ちにさせるんだろうねwww私は言わないけど、そんな人がいてもw

土曜日に、久々にスカートをはいて、とてもお気に入りのカバンをもってでかけて
その帰りに歯医者に行ったんです。
(しかも今の歯医者の担当の先生が好みの雰囲気で幸せ&ああ、口紅がはげる・・・とかきにする楽しい歯医者時間)

べつにおしゃれしているからとかではないんだけど、この日はとてもみんな優しかった。
正直、歯医者の受付の女の人とか若くてきれいげな人が多くて怖いんですけどw
目を見て話しできた。

フラワーエッセンスのおかげ?も10%はあるかもしれないけど。
いい気分でいるためにお気に入りのものを持つとか、私には有効だな~って思いました。

あと、○○が出来ないのに楽しんでいる資格がないっていう思い込み?
仕事が出来ないのに、まともな人間じゃないのに、ブスなのに、デブなのに、、、

なのに、おしゃれする資格ない

そういう感覚。

それは、小さいころ、新しい漫画を読んでたり、いい気分でいる時、
楽しくうきうきしていた時に、母の機嫌が悪くなって突然怒り狂って怒鳴られて
「勉強もできないくせに、こーんなもん買って喜んでるな!ばかか!おまえは!」っていわれて
「なぁ~に少女漫画なんか読んだってお前はブスのまんまだ、勉強しろ!」
とかこういう感じの、怒られ方してたので、うきうきする資格がないように感じていました・・


だけど、最近、ふと、周りを観察していると、例えば会社でふざけてて話してたら人が仕事で小さいミスするじゃないですか?
私があれしたら、心の中で超自分を責めるんですよね「周りと楽しそうにふざけててミスとかして、恥ずかしい!」って。
でも、当の本人も周りの人も「あ、やっちゃった」みたいにやり直すだけなんです。

多分、、、もしかして、周りもよほどの重大なミスとかじゃないかいぎり、ふざけてるからだとか、周りで話しているからだとか
そういうこと思わないのかな?って思った・・・。

ずっときちんとしてない、ちゃんとしてないって言われてきてなにをしても、だめだったので
ちゃんとしなきゃ!って思いが強すぎて、まじめにやりすぎる部分があるなって気が付きました。
真面目な癖に依存的だと、最悪なんだな~って思ったwww




by 76sak | 2019-05-12 21:34 | AC卒業にむけて | Trackback | Comments(0)
こんにちは。今年もあとわずかー。私は仕事は27日まで。
もうすぐ冬休み。
嬉しいな。と年末に書いたものがありました。(笑)もう一か月もたってしまった。

2018年に買ったものでよかったものをアダルトチルドレン的感想(笑)
をつけて紹介します。

写真なしだけど。

ブリタの浄水器。
水道水を飲んでいたんですけど、ある日を境に異常にまずくて飲めなくなった。
(クラニオのあとから)で、買ってみたけどよかったー。すごく満足。
心の中にいる母親が、「こーんなものいらない!」と言っていたんだけど買ってみたら
QOLの向上に一役買ってくれる良いものだった。
すごくよい。飲むたびに、まずいものを我慢して飲んでいたことを思い出す。(笑)
飲んでいた時はまずいと思ってのんでいたわけではないんだけど・・・

リュック
通勤リュックを買いなおした。壊れたから。
機能的なものがすごく好きと気が付いた。
軽くてポケットがあって、収納しやすい。とにかくかるいのがいい。
15Lだと、無駄なものを入れられずとてもよい。
15L万歳。
使ってみないと、わからないから、自分と会話しながら、失敗してもいいから買ってみて使ってみる。自分の気持ちを大切にする。

マグカップ
香港でマグカップかった。スタバの。HONGKONGって書いてあるやる。
旅行にいったらまたマグ買いたいな。思い出せてよい。
また自分に行かせてあげたいな~って毎日見るたびに思えていい。

オルビスのピーリング。
すごいいい。それだけ。私にはあっていた。顔が臭くならない。
油臭くなるのがなくなった。週二回くらい使っても大丈夫。
これとともに、マツキヨに売ってるノンアルコールのマスク大量入りを使っている。すごくいい。
こういうケアに時間を使えるように戻ったのがうれしい。
これをやると肌が驚くほどつるつるになる。うきうきする。


あずきのちから
目に乗せるやつ。眠りの質にも一役買ってるかも?

ラッシュのシュガースクラブ
これのおかげでますますリップがきれいにぬれるようになった。
この変化がとにかくうれしい。
「わたしなんか」って思っていたところから抜け出せた証拠。
こういうにやる価値がないって信じていたんだ。前は。

電気ひざ掛け
勉強する時、冬とにかく寒くて、朝のスカイプレッスンがつらかったけど
今幸せ。今年はとにかく、自分を温かく過ごさせてあげる。
本当に、私は自分を我慢させてきた。それで、すっごい貯金があるならいいけど、
我慢させて、たまったストレスを無駄遣いで発散してた気がする・・・。
こういうのやめたいなって思っている。



*************************
自分ケア品生活必需品が多いかな~と。

これはもしかしたらフラワーエッセンスのエロスのおかげもあるのかな?
他には、シーツを買いなおしたり、収納のケースを買ったり
布団収納カバーを買った。下着をかいたしたし、
一人暮らし歴そろそろ9年なのに(同棲してたから、実質ほんとの一人はまだ10年はない)
家の中がいまいち機能的じゃないんだよね・・・。

ずっと、自分のことを後回しにして、母の心配をしていた。
母に対する怒りと恨みの中にいて、自分をケアすることをおざなりにしていた。

自分を大切にして、自分が満足して幸せになったらそれも母の手柄になっちゃう。
そういう恐れもあった。

でも私は幸せにしてあげたい。もっと自分を居心地よくして挙げたい。自分をね。
部屋もきれいに、使いやすくて、安心できる場所にしたい。

母の手柄にしないために、私は母にはたくさん秘密を持つことにもする。
それでいいんだ。
もう大人になるんだ。
自分のことをもっともっと、知りたいし、でも誰かに、スピリチュアルカウンセラーに自分を教えてもらうんじゃなくて、
自分で自分を知っていきたい。
そうすることで、自分に対する信頼感が積み重なるんだってわかったから。




by 76sak | 2019-02-02 01:53 | AC卒業にむけて | Trackback | Comments(0)
今日は以前も書いた自殺未遂の事書きます。
最近明るい気持ちで過ごせているし、こんなときこそ、このことを書いてみたらいいのかなっておもって。

前の自殺に関しての記事にも原因は、母親からのしつこい電話と罵倒、罵り、でした。
着信が何百も全部母親で、もう嫌になってしまったのです。
働いているのに、遊びまわってるって難癖付けられて、何度も電話で罵られた。
何を言っても聞いてもらえず、ただ自分だけ遊びやがってと。
そういわれて、もう苦しかった。就職して、正社員で自分のやりたい仕事について、残業もして一生懸命仕事していた。
それでも、一人で遊びやがって、楽しみやがって。って。
私どうしたらいいいの?って思ってた。何をしてもダメで起こられて怒鳴られて。遊んでもダメ働いてもダメ。
本当にもうなにも生きている価値なんてないって思った。

だから、自殺の原因は母親なんです。

私は、自殺するほど、死んでこの人から逃げたいとおもうほど、母親のことが嫌いだった、そして今も嫌いなんです。
死なないと、逃げられないと思っちゃったんです。あと、何も楽しいこともないって。

いじめられっ子が自殺しますよね。全く同じ心境でした。
私は母親にいじめられてきましたから。それはいっけんわからないやり方ですけど。

今日あらためて、そっか、私、それほどいやだったんだって気が付きました。
死ぬほど、自殺しようと思うほど、母親が嫌い。それしか方法が見えなかった。

自殺未遂の事、自分で受け止められなかったのは、「大人になって自殺するなんて子供じゃないんだから、、、、」とか
すごく恥ずかしい事にしか思えなかった。
だからそうした自分をなかったことにしたかった。

黙っていればわからないけど、心のどこかでいつもひっかっかることとしてあった。
それを思うと暗い気持ちになった。

そっか、でも、それぐらいいじめられて逃げる道の一つである自殺を選んだんだ。
私はそれほどつらかったし、耐えられなかったんだ。

そう思ったら、そう認めたら、
もう電話に出ないで、話をしないで縁を切る。

もう罪悪感を感じるひつようなんてないんじゃないかと思えた。


後日入院したことがばれて、(その時は引っ越ししてたけど、住民票は移しちゃダメ!と母に言われてて移せなかったんです。今思えばそんなこともさせられていたってばかみたい。そんなことも言うこと聞かなくちゃいけないと思っていたんです。
母の言うことを聞かないと何か大変なことが起こると信じていたんです。)
母親から電話がかかってきたときに、言われた言葉は、

「なぁにぃ~~あんた医療費の高額のがきているけどぉ~自殺でもしたのぉぉぉぉ~ふふ自殺。そのまま死ねばよかったのにぃぃ」

もしかしたら、その時に付き合っていた人がれんらくしたのかもしれないし
救急車で、親に連絡をしないと死んだときに困るみたいなことを聞かれた記憶があるので、それで連絡いったのかもしれない。

ずっと自殺を選んだ自分を恥ずかしいと思っていたけど、もうそう思うのはやめようってやっと思た。
バカみたいで恥ずかしいと思っていた。

いじめられて死ぬのは、バカだとは思わない。でも、もったいないよ。

私は、もう、母親とはきっちりと縁を切ろう、私の甘えというか、うまく仲良くしていこう、
嫌いだけど、こいつしか肉親はいないからとおもっていたけど、(天涯孤独が怖かったんです)
もうやめて、一人でも生きていこう。
だから自分をもっともっと守れるように、自分を自分で頼れるように、しっかりと大人になりたい。



by 76sak | 2019-01-17 00:48 | AC卒業にむけて | Trackback | Comments(0)
今年は、明るく笑顔で笑っていたい、そして仕事でできる限りがんばってみよ。

この中で西原さんが、「止まってると憎しみとか悲しみが後ろから追いかけてくる。あんまりいい人生じゃなかったから。自分の母も苦労した人生だから。母なんて夜中に憎しみと悲しみが後ろに追いついちゃって夜中に文句言ってる。だからそうなりたくなくて
走り続けて仕事に没頭する」と笑いながら話していたのが
印象的でおもわず紹介します。

ああ~私の場合は憎しみと恨み、悲しみが追いかけてきてたのか~そしておいつかれちゃってのみこまれちゃって
なんとかはい出したところみたいな。

うちの母はいつもつねに気が付くと愚痴と文句と悪口、、、とにかく人の悪口いわないと気が済まない。そんな人。
そして、突然機嫌が悪くなって、私を罵り始める突然思い出して、テストの点を蒸し返して狂ったみたいに怒鳴られた。

あーやだやだ
この中では、そういう負の遺産が、そういうふうにいやなことを思い出させるっていってるけど、
そーいうふうに表現する人もいるんだなぁと思った。そして、それをこの人なりにどう解決したらいいのか、
そういう文句垂れ流しの人生はいやだって、思って、自分なりの振り切り方を仕事をすることで振り切って逃げたのか。
(私は文句も愚痴もあまりにも自然に聞きすぎて、そういうコミュニケーションを他人にもしていた…というほどのバカ)

私も嫌なことを繰り返し思い出しては、いらいらしてることが多い。(少なくなったけど)
この人もそうなのかー・・・。
私は、最近は、猛烈にいやなことがあったら、家ではスクワットします。(笑)

仕事中ももっと仕事に集中したいな。今年は。


by 76sak | 2019-01-05 20:34 | AC卒業にむけて | Trackback | Comments(0)

QOLとお金

12/30です。こんにちは。
私はここ数年一人で年越しをしています。
さみしい気持ちもあるけれど。来年は好きな人とか、家族と呼べるような人と過ごしたい。

自分を快適に過ごさせるために何ができるかと考えると
お金を使うと比較的快適に過ごせるということが誰でも簡単にわかる。

暖かい部屋にするにも、暖房とか必要だし、家も木造ボロ築45年とかより、新築のほうが温かいし
設備もべんり。
おいしい食べ物もお金出せばかえる。
きれいな服も、髪の毛も。

でも、ふと、「快適に」「自分の為に」をもっと長い目で見ると、お金で物を買うという
そんなことだけではないということが分かる。

お金があれば誰でも家も買える。お金があればだれでもおいしいものを食べきれいな恰好が出来る。

ふと、それが母と重なった。
私の母は、ブランド物が大好きで、ヘルメスやヴィトンをたくさんもっている。
洋服もブランドのスーツとかシャネルとか、靴はフィラガモとか沢山。

私立の学校とかも大好きで詳しい、偏差値がいくつでどーのこーの。

最終的に私の祖父が死んだ後、ものすごい田舎に家を買った。駅からは徒歩で一時間ほど、バスなどはない。
車がないと生活できないところに
運転免許も持たない母が家を買った。
電車も一時間に一本。都心までは3時間以上かかる場所だ。

母は私に免許を取らせた、お金を出してあげるからって。
私は最初いやがったのだけど、怖い顔して睨まれて結局行くことに。(完全にコントロール下にいた)
その後、母の乗りたい車を買い与えられた。自慢の母の車は、ブランドもの。

母がこの頃言っていたのは、「女が一人でこんな大きい家を買うなんてふつうはできないんだよ。私みたいなのはそうそういないんだ」

だった。

でも、今年、母の兄弟で小さい頃お世話になったおじさんたちと連絡を取ったら
遺産の金額や祖父の遺産は私にもあったこと(そのお金は母のあの家に消えていたのだ)
を聞いて、びっくりした。(自分はさもまじめに働いてきて、努力してあのバカな祖父の(これが母の口癖)お世話にもならなかったといっていたのに)
と同時に、お金で買えるものを周りに集めて形だけを整えても、なにも得るものはないのだと分かった。

最初その家には私のいとこにあたる人、母の兄とその子供と一緒に住むと母が決めた。
しかし、数年後直ぐいとこたちは帰ってこなくなり、それぞれ独立してしまった。(仕事にも不便だったのだろうし、母の毎日の説教のような物にうんざりしたんだと思う)

母の兄も同じく仕事に行きにくい場所だったようで次第に仕事がなくなったようだ。そして、働かなくなり、
パチンコにばかり行くようになり、母親と喧嘩したのか(ここがあいまいな記憶しかない。私はまたシャットダウンしていたようだ)いつのまにか家を出て行ってしまった。
この母の兄は数年前に生活保護となった。(母に連絡がきたようであのクズ男とバカ男と言いまくっていたもちろんなにもめんどうはみていない)

そして、私はそのあと、田舎の町で働いたが嫌がらせに会い、仕事をやめ引きこもりになり、完全に鬱になった。
一時外にも出れなくなったがその時母が言っていたのは「精神病院なんていくのやめてよねぇ~~~はずかしいからぁ。」だった。
私はそれをまともにうけとって、精神科に行きたいけど行けなかった。
しかしその頃付き合っていた人がいて心のよりどころはあった。
そして、就職をきめて何とかでた。
あの広い悪魔の家には、母が一人で住んでいる。
余談だが、
母のお金で買ったはずの母の家なのに、母はあの家の中で一番みすぼらしい、北側の4帖の物置部屋を自分の部屋にしているのだ。
おかしな話だ。(私はそれが母の自己イメージなんだろうと思ってる)

母は自分で決めたのだろう、誰にも相談せずに頭の中だけで。
兄たちと暮らせば、働いてくれて自分が家のことをやるだけで済むと。専業主婦みたいに、楽してみんなに感謝されるそんな夢をみたんだろう。
車の免許も自分でとる気はなく持ってる人と住めば買い物も楽に行けると。それしか考えなかったんだと思う。

私はここ数年、語学の勉強を続けている
毎日朝6時くらいから起きて勉強して、スカイプで英語のレッスンを受けてから仕事に行く。
これを始めて二年ちょい立つ。
この習慣を身に着けてから、自分の性格や休みたい気持ち、さぼりたい気持ちいろんな自分と出会って
うまく続けるコツを自分で自分に身に着けた。

家を買うだけでは、自分のことを知ることはないけれど、勉強していく過程で試行錯誤し自分を知ってきたことは
お金では買えないと思った。

家を買うことは悪い事じゃない。でも母のやったことを見ていると
何かを買うこと、持つことより、その過程で得るものがどれだけあるのか、自分がそれを買うことで何を得るのかを
(逆に何を失うのか)その得る事の本質を見ることが出来ないと
いわゆる「人生が裏目に出る」になるのかもしれない。

なぜそんなことを思ったのかというと、私が小学生の時、勉強が出来なかった私は、
(勉強できないというより、得意と苦手の差がひどかった。国語と算数がクラスでは10番以内だけど、理科と社会は下から10番以内だったりする)
母親に怒鳴られていつも怒られていたんだけど、その時母が言っていた言葉を思い出したから。
それは
「お母さんがこんなに一生懸命にやってるのに、全部裏目裏目に出るぅ~~~なんでなのようぅぅぅ~なんで勉強してくれないの?
おかあさんは、勉強したくてもしたくてもできなかったのにぃ。全部裏目!!」と泣きながら言っていたこと。

そう、母の人生って裏目に出てる人生なのだな。

憧れて家を買っても、家族が作れなかったから、お兄さんと住もうとして、家族っぽいことを形だけ整えようとしてもみんなでていく。

車の免許も自分が取れば、自分でどこでも行けたのに、
「あなたのためを思って、車も買ってあげて(母の乗りたい車)免許も取らせたのに~~~」
自分のことをのせてくれて、都合よくどこでも連れてってくれて、普通の家族みたいにしてくれると思ったのに。裏目に出て
家を出ていかれる。

そして、気が付いたのは、母のまねをしていたら同じ人生を歩むのだと。
人の悪口や自分愚痴を人に聞かせて、文句ばっかりを言って、自分では何もせずに、お金だけを使って得られるものを身に着けて
一流の人々と同じ気持ちになってしまい、人を見下す。

私は母の洗脳がかなり強いので、ほんと気をつけなきゃやばいなーとおもう。

だから、QOLを上げるというのも、いくつかの分野に分けて考えるべきなんだな。
10年スパンのQOLや
日々の生活のQOL人生のQOLと全部違うもんね。
人によっても違うし。

う~~ん、自分の浅はかさに向き合うのはつらい作業だけど、逃げたくない。
私もずっと逃げてきたから。母と同じように。






by 76sak | 2018-12-30 12:09 | AC卒業にむけて | Trackback | Comments(0)

快と不快


QOLを上げるために自分が出来ることって何があるかなと考えています。

美味しいものを食べることや
暖かいものを食べるとか
綺麗で楽な格好をするとか
気持ちの良い気分でいるとか
疲れたら休むとか
寒かったり暑かったりを気がつく
のんびりするとか
無理しすぎない

など色々思いついた。

あったかいものを食べるは、昔レンジを持っていなくて、買えるのに買わないで疲れてるのに時間を使って温め直さないといけなかったり、

寒いのに暖房つかわないでがまんするとか
そういうのをやめた。

それから、手を動かすのが好きなので、先日小さい立体パズルを買って毎日少しずつ作ったのがすごく楽しかった。

それから、今は塗り絵も買って、ちょっとずつやっている。
色鉛筆もっと欲しいなと思ってる。

たまに一人でも食べたいものを探して食べに行くことにして、久々にみどり寿司とかラクサを食べに行ったりした。
ラクサはめちゃウマ。他のお店も行って試したいと思ってるところ。
お寿司は、食べたいだけ食べて、ビールまでのみ、2000円ちょいで大満足。

この後から、無駄遣いが減ったなって思えた。
我慢しているつもりはないけど、何か満たされないものが心の中にあって、
食べたいものを食べるっていうのは、すごく手っ取り早い隙間を埋めるのに役立つからこそ
過食症とかあるんだろうなぁとも思う。(高校生の時、過食症だった)

とはいえ、今はスーパーで安い甘いものとか全く買わなくなった。
これが世に言うメリハリか?!笑


で、自分を大切にするとか、愛するとか私は出来てなくて、わからなかったから、今少しづつやってきて、
結局、自分の快適、安心の心の状態を自分で作ることなんだなぁって知った。
新しいものを買っても食べても自分が快適にならなかったら、イライラしたままだったら、それは違うの。

考え方も、嫌なことを思い出してイライラしたり頭の中で喧嘩してるのは不快だった。

このまま小さい事を続けます
by 76sak | 2018-12-08 08:29 | AC卒業にむけて | Trackback | Comments(0)
ずっと親のせいと思って恨んでいた。

いろんな自分の生きづらさ、息苦しさは、育ってきた環境からの影響があったと思った

なんでこうなんだってムカムカした。
お前のせいだ、責任取れ

心の中でそんなんふうに母親に行っていた。
ほら、こんなに上手くいかないのはお前のせいだ!
あれもこれもおまえのせいだ!
全部上手くいかない!!
そう感じていたんだ

でも、今
次の段階にすすむときがきたみたい。

アダルトチルドレンやめたらどうなるんだろ。とふと思った

アダルトチルドレンやめーた

口に出していってみた。


アダルトチルドレンやめてみた。



自分の事は自分で責任を持つ。
当たり前の事から、心だけ逃げていた感じ。

あの人に母親を求めても無理だ、
とよーぉーくわかった。

無い物ねだりしていたこと
もよぉーくわかった

原因がわかったのは、良かったし、どんなことが自分に足りないのか、アダルトチルドレンの特性や偏った考え方へのアプローチを知れたから
私は、アダルトチルドレンだと気がつくことは、
私にとっては良かった。


人間関係が苦手なのは私がアダルトチルドレンだから

じゃなくて、

私だから。なんだ。
いまの私だからなんだ。

変えたいなら学ぶ、実践する

それしかないんだ。

私は、自分と言うものが全く形作られずにいままで来た。
私がなかった。

人格障害にも近いからかもしれないけど、子供と大人になりきれない半端な私がコロコロ変わる。

自分自身もそれに振り回されてる気がして疲れる。


最近その中でも、これ、昔から好きだな〜と思うものに気がついたり
大人になってから好きになったことや
あと、失敗からルールを作るようにしてたまに見返すようにしたら
少しづつ、自分が見えてきた。

自分が全くなかったのに。
あったし、もやもやしてたものの形が出来てきたと感じられる。

そんないま、もう過去を振り返る作業をしたくないと思った。

振り返るだろうけど、
それでぐすぐすしていたくない!

と言うわけで、アダルトチルドレンの私でいるのをもうやめます。

自分の気持ちも感情も
親のせいじゃなくて、
自分で責任持ちます。
by 76sak | 2018-11-23 18:41 | AC卒業にむけて | Trackback | Comments(0)
私がうらやましいと思うことの一つに、家族の用事があること。

友人や知人と約束しようとしたとき、あーその日はおばさんと会う日なんだーとか
親戚の家に行かなくちゃいけなくなってだめになっちゃったとか、
そういうのいわれると、すごく悲しくなっていた。
ひとりぼっち感が増した。

なんでかなっておもうと、私は毒母との暮らしはとてもさみしいものだったから。

「この世にはふたりだけなのっ!!
あんたのことわかってあげられるのはあたししかいないんだよお?
それなのにぃ!なんであんたはわるいこなのぉおお」
と殴る母しか私にはいないんです。


この人が死んだら、文字通り天涯孤独。それでも、母がいても天涯孤独って気持ちをかんじていた

みんな家族がいて、さみし~なんていってても、家族や親せきがいて家に帰ったら笑ってる。
ほっとしてる。

でも私には家に帰ってもまだ怒り狂ってる母がいて、まだ怒りが収まっていないかもしてない。
家に帰りたくないな。
そんな風に思っていた小学生の頃のさみしい気持ちがあるからだと思った。

そのさみしさがまだあって、今でもその小さいころのさみしさを今感じているように感じている。

だから家族がいる人がうらやましくて憎たらしく思ってた。

でも、父に会うことで、叔父たちと連絡を取り合うことで
私には話せる親せきができてそれがうれしかった。

この間初めて祖父のお墓参りに行ったときに、普通の人っぽくてうれしかった。
うらましいあの人たちとおなじになれたような。そんなかんじ。

母が、お前は片親なんだ、捨てられたんだよっていうたびに
あんたの父親はお前を捨てていったんだよっていうたびに、
独りぼっちで怖くて、世界が私には大きすぎるように感じて何も出来なくなってしまった。

その気持ちがすこしだけ癒されたような。そんな気がしている。

by 76sak | 2018-11-19 08:13 | AC卒業にむけて | Trackback | Comments(0)

親の虐待で苦しんだ人がもがいて、頑張ったり、休んだり楽しんだりして、幸せになるブログ


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